おんな城主 直虎 第15回「おんな城主 対 おんな大名」感想&解説など

おんな城主 直虎 第15回「おんな城主 対 おんな大名」感想&解説など

 前回であれやこれやとやって今川からの命令をかわした直虎でしたが、結果、駿府まで申し開きに来い、ということになりました。

 前例通りならば、申し開きに行った井伊の者は生きては帰ってこないわけでして。井伊直満しかり、井伊直親しかり。

 直虎もまた同じ運命を辿るか。
 第15回はそんなお話です。 

寿桂尼とは

 今回、直虎を呼びつけた張本人の寿桂尼。
 戦国時代に関わらず、過去の歴史のおいて女性の名前というのは男性のそれに比べ、その多くが現代に伝わっていません。

 歴史上、有名な人物の配偶者となった相手でさえ、その名前がはっきりと残ることは少ないわけで、何やら徹底しています。

 例えば戦国時代において、最も著名な人物といえば(恐らく)織田信長であると思われますが、その妻に関しては案外知られていなかったりします。

 信長の妻の中で(信長には11人ほど妻がいたので)最も有名であろうは濃姫ですが、これは本当の名前でも何でもなく、ざっくりと言えば美濃の女性、という意味でしかありません。一応、帰蝶という名前は伝わっているものの、輿入れの程度のことしか記録に無く、どのような生涯を送ったのか知られていなかったりします。

 そんな歴史においても、しっかり名を残している女性はいるわけでして、寿桂尼もその一人であったりします。

 寿桂尼の詳細については↑のページを参考にしていただければと思いますが、一応こちらでもざっくりと説明しておきたいと思います。

 寿桂尼の父は中御門宣胤といい、いわゆる公卿です。その官位は従一位・権大納言であったので、公家の中でもなかなかの大物だったようです。

 1508年(永正5年)、もしくは1505年(永正2年)に、駿河の守護大名であった今川氏親に嫁ぎ、今川氏輝、今川彦五郎、今川義元、瑞渓院などの子をもうけています。
 今川氏真は孫にあたるわけですね。

 先にしっかり名を残している女性、とはいったものの、実際には寿桂尼の本当の名は分かってはいません。寿桂尼というのは夫・氏親が他界したのちに剃髪し、瑞光院寿桂尼となったため、それが名として今にも伝わっている、というわけですね。

 この人物は氏親、氏輝、義元、氏真と今川四代に仕え、主に政務を補佐して、尼御台と呼ばれました。

 子の今川義元の代において今川氏は最盛期を迎えるものの、桶狭間の戦いを機に一気に傾き、それでも寿桂尼が健在な間は今川氏も存続しまたが、その死後、武田信玄による駿河侵攻によって今川氏は滅亡します。

 「死しても今川の守護たらん」

 という寿桂尼の希望もあって、駿府の今川館の東北の方角、いわゆる鬼門の位置にあった竜雲寺に埋葬されたといわれています。

 今回のドラマで直虎はこの寿桂尼とやりやったわけです。

 その直虎も歴史に名を残している一方、本当は男だったんじゃないのかとか言われているようで、何が何やら、といった感じですね。

 それにしても今回の印象は、寿桂尼や直虎よりも、中野直之が強すぎる! ってことだったような気も。


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