おんな城主 直虎 第1回「井伊谷の少女」感想&解説など

おんな城主 直虎 第1回「井伊谷の少女」感想&解説など

 『おんな城主 直虎』とは、井伊直虎を主人公とした物語であり、2017年のNHK大河ドラマです。

 時代は戦国時代であり、歴史の中でも比較的有名な時代ではあるのですが、主人公である井伊直虎を始め、非常にマイナーな登場人物や舞台を扱っているので、よくご存知でない方も多いのではないでしょうか。

 かくいう自分もその一人だったので、せっかくなのでちょこちょこ勉強しながら観ていくのもいいかもと思い、しかしただ勉強するだけでは何なんので、少しでも書き残していこうと思い、ブログを活用することにしました。

 自分は歴史学者ではないので、あくまで一般的に知られている以上のことは分かりませんし、誤伝といった誤った知識も混在する可能性も大なのですが、ご指摘などしていただければ修正していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

物語の舞台・時代について

 物語の開始の年代は1544年(天文13年)です。

 舞台は井伊谷と呼ばれる遠江国の一地域であり、現在の静岡県浜松市の辺りになります。

 井伊谷は主人公である直虎(おとわ)の父・井伊直盛が領主として、また井伊家の当主として治めている地域であり、主家として今川氏がいるわけですね。
 つまり井伊氏は今川氏の家臣、という立ち位置になります。

 今川氏というのは駿河、遠江を治めた戦国大名で、その当主である今川義元の名前は有名です。
 ただし、その名前は戦国時代で最も有名であろう織田信長に桶狭間の戦いにて敗れた人物として、知られていることが専らかも知れません。

 敗将として有名な義元ですが、実は非常に有能であり、今川氏を守護大名から戦国大名に転進させ、軍事面では駿河、遠江、三河にまでその版図を広げ、外交面では甲斐の武田氏、相模の北条氏と結んで後顧の憂いを無くし、海道一の弓取り、とまでいわれた人物でした。

 ちなみに当時(1544年)の情勢をいえば、かの織田信長はすでに誕生しており、だいたい10歳くらいの歳になっています。
 その他の三英傑の一人、豊臣秀吉は7歳くらいであり、徳川家康にいたっては1歳で、まだ生まれたばかりの時代なわけですね。

 ちなみに主人公である直虎の生年は分かってはいませんが、一説によれば1536年くらいといわれており、物語の開始直後である1544年では8歳くらいになります。おとわ役の新井美羽さんは2017年1月現在で10歳なので、実年齢よりも幼く演じていた印象があったので、まあ印象通りといったところでしょう。

 要するに、主人公である直虎は、戦国時代で有名な三英傑と同じ世代の人物、というわけです。

第1回「井伊谷の少女」

 第1回は題名の通り、直虎の幼少期から描かれています。

 この幼少期の物語から、今後の展開で重要になるであろう三人の人物が登場しました。

 一人は主人公であるおとわ(のちの井伊直虎)であり、もう一人は亀之丞(のちの井伊直親)、そして鶴丸(のちの小野政次)です。

 おとわは領主の娘であり、作中でも触れられていましたが、井伊谷にあってはいわゆる「姫さま」であり、あとの二人は家臣の子、ということになります。
 ただし亀之丞は井伊家の血族なので、いわば親戚であり、鶴丸に比べて地位は高いところにいます。

 ちなみにおとわと亀之丞との関係は、おとわの父・直盛の父である井伊直宗の弟である井伊直満の子、ということなので、いとこ違い、という続柄になるわけです。ややこしいですね……。

 亀之丞の生年は1535年とされているので、作中ではおとわとほぼ同じ歳、ということになります。

 一方の鶴丸は生年が不明なため、二人と似たような歳であったかどうかは分かりません。鶴丸の父親である小野政直は1554年に亡くなっており、この死因が老衰の類であるのならば、少し年齢的に鶴丸の歳が幼すぎるかな、とは思ったのですが、別段ありえない年齢設定ではないので、三人を年齢の似通った幼馴染にすることで、将来への伏線にする意味では、演出の一つとして良かったとは思います。

 しかし三人の将来の関係を思うと、まるで昼ドラのような展開になっちゃうんですよねえ……。

 余談ですが、おとわの父である直盛のこの時の年齢は18歳程度。
 直盛と亀之丞は従兄弟なわけですから、ごく自然な年齢差です。

 直盛役を演じられている杉本哲太さんは2017年1月現在で51歳なので……さすがに無理がありますね。作中ではまったく違和感無いのですが、歴史の史実と照らし合わせると無理がある、という意味で。

 というか、この時おとわは推定8歳なので、何と直盛10歳の時に生まれたのがおとわ、ということになります。

 そもそもおとわと亀之丞の続柄がいとこ違いである以上、一世代は年齢差があってもおかしくないわけで、一般的に知られている歴史の方が無理がある、ということになってしまいます。

 なぜこういったことが起こってしまうかといえば、井伊直虎について書かれている史料である『井伊家伝記』なる家伝の信憑性は無いに等しく、しかし戦国時代の井伊氏について書かれた史料はほとんど唯一これのみで、明らかに誤っていると承知しながらもこの史料に頼らざるを得ない、という事情があるためです。

 というわけで、史実かどうかも分からない史料を元にしている以上、大河ドラマ上の物語が史実に即しているかどうかを検証するのはナンセンスなので、ざっくりと大筋が合っていればOK、くらいの気持ちで見た方が単純に楽しめるかと思います。

 物語の開始した1544年は、井伊家にとっての最初の不幸があった年でもあります。
 第1回ではそれについても語られました。

 亀之丞の父・井伊直満の死です。

 物語では隣国の北条氏に通じ、謀反の疑いをかけられ、駿府にて成敗されました。
 物語では語られてはいませんが、史実ではこの時に直満の弟である直義も共に死亡しています。

 その際、それを今川義元に密告したのが、井伊家の家老であった小野政直(鶴丸の父)であったとされています。

 一般的に直満は政直の讒言によって謀殺されたことになっています。
 しかし讒言、というのはありもしない事を目上の人に告げて悪く言い、その対象を陥れることをいいます。

 そのため小野政直は井伊家の家臣でありながらその乗っ取りを画策した奸臣として知られていますが、少なくとも大河ドラマの物語においては事実、直満は北条と通じようとしていたわけであり、讒言でも何でもありません。政直が主家である今川氏に忠誠を誓ってるのであれば、ごくまっとうな行動であったともいえます。

 どちからといえば、下手を打ったのは直満の方、ということになりますね。

 直虎が主人公である以上、どうしても井伊氏を視点に見てしまいがちですが、その反対の視点から見てみるのも面白いし、視野が広がるかと思います。

 歴史上では奸臣として書かれる小野政直(道高)・政次(道好)親子ですが、あえてその視点から見てみることで、また違った井伊氏の歴史が分かるかもしれません。


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