今川国氏 ~守護・戦国大名今川氏の祖

今川国氏 ~守護・戦国大名今川氏の祖

足利二つ引両 今川国氏とは鎌倉時代の武将であり、後の世にて駿河や遠江の守護大名、更には今川義元の代で戦国大名に転進する今川氏の祖とされている人物です。

 今川国氏(いまがわ くにうじ)
 生年  1243年(寛元元年)
 没年  1282年(弘安5年)
 別名  四郎
 親   父:吉良長氏
 兄弟  吉良満氏 土御門顕方室 上野義有室
 子   基氏

今川家の祖

 1243年(寛元元年)に吉良長氏の次男として誕生。
 父親である吉良長氏は鎌倉幕府の御家人であり、足利氏の有力一門である三河吉良氏の祖となった人物です。
 系譜としては、足利家3代目当主であった足利義氏の庶長子であり、国氏はその孫に当たります。

 その父・長氏はその隠居地を、足利氏の分領であった三河国国幡豆郡にあった今川荘にしたとされていますが、のちに国氏はその今川荘を譲られて地頭になりました。
 ちなみに地頭というのは荘園といった公領を管理支配するために設置した職のことです。

 この地の名前をとって、国氏は今川姓を称することになりました。
 そのため国氏が、今川氏の祖とされています。

 しかし今川家の祖という重要な立場ながら、国氏に関する歴史上の記録は乏しいようで、その詳細は知られていません。

 『寛政重修諸家譜』によると、いわゆる霜月騒動といわれる安達泰盛の反逆に際して戦功があり、惟康親王より恩賞として遠江国引間庄を与えられてとされています。

 しかし霜月騒動は1285年(弘安8年)に起きた事件であり、国氏はそれ以前の1282年(弘安5年)に死去しているために信憑性は疑わしく、事実かどうかは不明とされているようです。

龍丸

 また上記の霜月騒動の際に、国氏は父・長氏より先祖伝来の宝剣二振りのうちの一つ「龍丸」を譲り受けたともいわれています。

 この「龍丸」は祖である源義家以来の相伝のもので、兄・吉良満氏と共に宝剣を分与されたことは、今川・吉良の両氏が足利家にとって要の存在であったことをうかがわせます。

子孫

 国氏は1281(弘安4)に出家し、その翌年の1282年に死去しました。享年40。

 その嫡子・基氏は国氏の跡を継ぎ、次男の常氏は関口氏の祖となります。
 この関口氏は、徳川家康の正室になる築山殿の実家として知られています。

 また三男の俊氏は入野氏、四男政氏は木田氏の祖となって、後に大名となる今川家を支えていくことになるわけです。

今川家歴代当主

 第一代  今川国氏 1243年~1282年
 第二代  今川基氏 1259年~1323年
 第三代  今川範国 1295年~1384年
 第四代  今川範氏 1316年~1365年
 第五代  今川泰範 1334年~1409年
 第六代  今川範政 1364年~1433年
 第七代  今川範忠 1408年~1461年
 第八代  今川義忠 1436年~1476年
 第九代  今川氏親 1471年~1526年
 第十代  今川氏輝 1513年~1536年
 第十一代 今川義元 1519年~1560年
 第十二代 今川氏真 1538年~1615年

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